ふるさとに帰りし雛の笑みの顔

 昨年孫が生まれて今年は初節句なので、私の実家に眠っていた古いお雛様を譲り受けて宏樹庵の床の間に飾った。

段々も緋毛氈も無く少し手間取ったが、並べ方などは近所の家のお雛様を参考にしてやっと飾り終えた。


お雛様


このお雛様は相当古いもので、でも、お内裏様たちはたいそう気品があり、三人官女の右の立っている人は大奥の女の人みたいに少し上向き加減に微笑んでいたり、真ん中の座っている人は少し頭を傾げて奥深そうにしていたり、五人囃子もそれぞれ皆違う表情で楽器を演奏しているなど、老若男女、凛々しかったり内気そうだったり、とても表情が豊かだ。柄帽子や持ち物も凝っていて、特に刀は3本とも抜けるようになっており、鞘は黒塗り、抜き身はピカピカでまるで刃があるような作りには驚いた。


左大臣




筒持ちの人

五人囃し



父は、このお雛様は、父の母がお嫁に来た時持ってきた物かも知れないから100 年近く経っていると言っていたが、叔母に聞いてみると、元々あったお雛様は戦争で全部焼けてしまって、父の父が戦後すぐ、闇市でいいお雛様を見つけて買ったのだそうだ。「そのお雛様を売った方は余程食べる物に困って止む無くそれを手放したのだと思う、私が10歳くらいの時だったけど、このお雛様は古来から伝わった物だと感じた。」

と、叔母は話してくれた。それを買った時から既に段々も緋毛氈も無かったそうで、祖母は着物の裏地を緋毛氈の代わりに使っていたそうだ。

結局、どんな作り手が、いつこのお雛様を作ったのか判らず仕舞いになってしまったが、こうして飾ってみると、何かお雛様には心が宿っているようで、ふるさとに帰って日の目を見て、うれしそうに見える。

孫がこのお雛様を目の前にしていたずらをするかと心配したが、孫の心にも手出しが控えられる程、お雛様の存在感の方があるらしい。

 鶯がいっせいに鳴き始めた。



 朝起きたら庭は一面うっすらと雪におおわれていた。
雨なら音でわかるのだが、全く予想していなかった。
雪が降る時は静かだ。降る音が静かなだけではなく、他の音も吸収してしまう程静かだ。

音絶へしこの音が雪降る音か  有働亨

連日のように山口県全域に強風波浪注意報、積雪注意報が出た。高速道路は閉鎖され、空港に直結しているリムジンバスも運休になっている。
瀬戸内海沿岸の岩国では積もる程雪の降ることはあまりない。でも東京のあの抜けるような青空が終日続く日でも、こちらでは雪が時折舞ったりする。山の方だけがすっかり雪雲におおわれ、町の方は日が明るくさしているのに、ちらちらと細かい雪が飛んでくる。
庭の池も凍っていた。金魚たちは池の底深くひそんで姿を見せない。買い物に行ったら、スーパーの隣りの蓮田が厚い氷におおわれていた。
あまり家の外に出る気分になれなくて、暖炉を焚いた部屋でめらめらと揺れる炎を見ながら練習ばかりしていた。


池が凍った

氷が張った池


蓮田は厚い氷に覆われた

厚い氷におおわれた蓮田



4日くらいそんな日が続いた後、今朝はやっと普通くらいの寒さになって外へ出た。
ちょっと歩いてみた。
お寺の横を降りて、ほうれん草などがちぢこまって、でもほとんど枯色の風景の中、そこだけが青々としている畑を横目に見て過ぎる。林ではにぎやかに小鳥たちが鳴いて、家を出てから何となく頭の中に流れていたシューマンの曲をかき消した。夏の間はあんなに美しかった蓮田はすべて枯れて、長い茎が折れいくつも頭を水の中にたれて雑然としていた。小川の脇にさしかかる。クレソンが密生しているが、表面は寒さのため黒くなって、冷たい水に耐えていた。湧き水の所に来るとそれはチョロチョロと細いながらも何百年の水を絶やさず流れ落としていた。
その上の家のそばを登った。あじさいが小さく刈り込まれて、陽の光をいっぱい浴びていた。その枝先に、もう葉が芽生えているのを見つけた。
今寒くても、春は間違いなくやって来る。
宏樹庵の庭に戻ってみると、夏椿の枝先にも芽が銀色に光っていた。梅も小さな蕾をたくさんつけていた。私のいない間、スタッフの一人が自治会館に通じる小径の入り口に苗木というには大きすぎるくらいの柿の木を植えてくれていた。あまり土が良くなかったようで左右から倒れないように紐で支えてあった。どんな実がなるのだろうか。その柿の木にも堅い芽がちゃんとついていた。

近寄れば枯木も春を含みをり さちこ



梅の蕾2





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