カテゴリ: 宏樹庵便り

桜開花2018
宏樹庵から3分くらいの所の川沿いの桜、ようやく咲き始めました。

3月24日(土)午後2時よりシンフォニア岩国多目的ホールにて石井啓一郎ファミリーコンサートが開催された。
昨年4月1日に開催したところ、新年度の行事と重なって来れない人がいたので、今年は3月24日にしたのだが、今度は終業式がまだ終わっていなかったり、卒園式と重なったり、いろいろ都合が付かないことが後になってわかった。
一緒に演奏する陽子のところの子供たちも23日には来れず、一番下のほのかだけ連れて陽子は来た。
会場練習の時もほのかは一人で客席に座って聴いていた。本番の時は一人で楽屋で待っていた。お姉ちゃんたちがいれば安心なのだが、まずはよく我慢してくれた。
プログラムはシューマンのロマンスから始まり、続いてシューマンのヴァイオリンとピアノのためのソナタ第1番の1楽章と予言の鳥。3人での演奏によるベームのメンデルスゾーンとラハナーの歌による3つのデュオ。ディリアスのフルートソナタ。休憩後、モーツァルトのヴァイオリンとピアノのためのソナタ、ショパンのノクターン、日本の歌「出船」「浜辺の歌」、ドビュッシーの小舟にて、そして最後はいつものチゴイネルワイゼン。
チゴイネルワイゼンの前に石井が話したのは、「この曲は毎回演奏しますが、毎日聴くわけではなく、一年に一度ならいいかと思います。12月になると毎年忠臣蔵がどこかで放送されますが、これもまたそれと同じようなものです。」その話に共感するようにアンケートでも「チゴイネルワイゼンは毎回聴いていますが、今年は技巧がヴァイオリンもピアノも共に素晴らしいと改めて感じました。来年のチゴイネルワイゼンがまた楽しみになりました。」と書いてくれた人がいた。また久しぶりにピアノのソロの曲も入れたが、「よかったので是非来年もソロを入れて下さい。」との声も。
昨年は200人以上のお客様だったのに比べて、今年はそれより少し少な目だったがいつも来て下さる方も多く、感謝している。
来年はどんなプログラムにしようか。アンケートにはブラームスの「雨の歌」と書いた人がいた。

いつまでも寒く、桜がなかなか開かないと思っていたが、ようやく急に暖かくなって咲き始めた。
来週、満開になることだろう。

ファミリーコンサート2018
終演後 楽屋で

ファミリーコンサート2018-2
ベーム:メンデルスゾーンとラハナーの歌による3つのデュオ

ファミリーコンサート2018-3
じっと一人で我慢していたほのかもアンコールの後、陽子のあとを追って舞台に出てきて・・・



2月24日(土)午前11時から防府市向島保育園にて石井啓一郎啓子のヴァイオリン・ピアノコンサートが開かれた。
向島の西福寺が持っている保育園で、ここのご住職さんとは旧知の仲。石井の父の葬儀をきっかけに毎年この時期に始められたこのコンサートは今回で21回目になる。ご住職は音楽好きで、歌曲 などを豊かな声量で歌い、お経もオペラのアリアのように詠む。このコンサートでも必ず1曲歌う事にしており、今年は雪が多かった冬を想い、「雪の降る街」が選ばれた。今年85歳になるというご住職、とてもお洒落でかっこいい。毎週ゴルフに行き、袈裟を脱いだら誰もお坊さんとは思えない。その昔、農繁期になると若いお母さんは赤子を籠に入れて畦道に置き、農作業をしていた。それを見た近所の人達が、それなら赤子を預かって見ていてあげようとお寺に集めたのが保育園の始まりで、「ボランティア」が基本なのに最近はそれを忘れて経営の方に目が向いているからおかしなことになる。養老院もそうだ。と、話す熱い人でもある。 保育園では音楽に力を入れていて、特に日本の楽器、それもおもちゃのような物ではなく、本格的な和太鼓などを多数購入し園児に演奏させている。この日は黒田節を皆で演奏した。
ヴァイオリンとピアノではシューマンの予言の鳥、フーバイのハンガリア詩曲などを演奏した。園児たちはヴァイオリンの奏法の話の中で弱音器を付けると、あっ、音が違う‼︎と、耳聡かった。 
午後2時半からは山口市のさやま保育園で演奏した。
こちらは向島保育園より新しいとは言っても15回目。ここで初めてヴァイオリンの演奏を聴いた園児が昨年20歳になって宇部で開かれた石井啓一郎ヴァイオリンリサイタルに来ていて 歴史を感じましたと園長先生の奥様が話されていた。
長い時間集中して聴くことはまだ難しい年齢ではあるが、 一瞬でも音楽っていいなと思える瞬間があって、生きていく時に何か拠り所の一つになれば嬉しい。

向島保育園1

向島保育園2

向島保育園3



1月27日(土)午前9時より宇部市の大学院幼児園にて発表会があった。
大学院幼児園は孫の琴子や智比呂の通っている保育園で、琴子はこの春小学校に入学するので最後の発表会。是非と思い観に行った。
この保育園は大変しっかりとした保育をしており、幼児の発表会とはとても思えない内容の劇、オペレッタ、ダンス、日舞、和太鼓、ピアニカなどの合奏、合唱と多彩なプログラムで、それぞれ少ないグループは数人、多いグループは20人くらいの子供たちが全身で一生懸命に踊ったり歌ったりしている姿を見て目頭が熱くなった。特に、最後今年卒園する琴子たちが歌った合唱「君が嬉しそうな顔をしてると僕も楽しくなるよ、悲しいこと辛いことがあっても一人で泣かないで、僕に話して一緒に泣こう、離れるのは淋しいけど別れじゃないと思う、君は僕の宝、これから会う人も僕の宝・・・」というような歌詞の歌を表情豊かに歌った時には涙がボロボロこぼれた。歌っている子供たちもウルウルしていたと後から聞いて、子供たちもちゃんと意味をしっかり分かって歌っていたんだと思い、また涙が出た。
能力の差はあるだろうが、それぞれに全力を出させるように仕向ける指導はすごいと思った。そして子供たちもそれに応えて今日の発表があった。小さい時に身に付けたそういう事は学校に入っても生きることだろう。
頑張れ、子供たち!!

ダンス
南の国のダンス
ピーターパン
2歳児のクラスの劇「ピーターパン」
リトルマーメイド
5歳児の劇「リトルマーメイド」ちゃんと長いセリフがあり、それぞれが役になり切っていた。
日舞女の子
女の子の日舞
日舞男の子
男の子の日舞
和太鼓
和太鼓
オペレッタ くるみ割り人形
オペレッタ「くるみ割り人形」
ダンス 桃色の太鼓
ダンス「ももいろ太鼓」  太鼓のばちを持ってのダンス、かっこよかった。
合奏sakuragumi
合奏、そしてこの子たちが最後に合唱した。















2018年1月大雪 2階の窓から


大雪の一夜が明けて一面の雪が眩しく光っています。降りましたね。
上の写真は実家の2階の窓からの景色です。

私の実家は東京都新宿区中井。母は90歳で一人暮らしです。
米本の家に生まれた私は三姉妹の長女でした。父が生前、誰が墓守りをしてくれるかとよく言っていたため、私の次男宏二郎を結婚していなかった妹の養子にしました。ところが妹はさっさと父の後を追って4年前にお星様になってしまいました。米本家の重圧が一気に宏二郎の肩にかかってきてしまったのです。 

母は前からお料理はあまり好きではなかったようです。それにひきかえ父は戦地に行ってもどの草が食べられるかちゃんと見分けが付き、食糧難だった南の島でも指図は出来たそうです。父は仕事に余裕があり出すと家の食事を作るようになり、父が出来なくなると妹が全部作っていました。ところが妹がいなくなってしまったので宏二郎が代わりに孫の身でありながら週一回ですが母と一緒に食事をし、作り置きもし、買い物もして。。。すぐ下の妹も東京に住んでいるので週一回来て面倒を見てくれています。私もなるべく月に一回は上京し何日か泊まるようにしています。

そんな生活が続いていましたが、昨年春、岩国に宏二郎の家が完成しました。これは宏二郎の意図した事ではなく、母が書を収納する為の倉庫を作って欲しいと言った事の副産物です。でも家を作るに当たって宏二郎はどうでもいい訳ではなくこだわり抜いた家になりました。この度宏二郎の長男一青が幼稚園に入る年齢になり岩国の幼稚園に入れたいとの願望も重なって、母の面倒を見なくてはと言う責任感を感じながらも母と協議の上、岩国に引っ越してくる事になりました。月に一回は上京し実家に何日か泊まると言う条件付きです。私が考えるのは、週に一度来るより母と一緒に過ごす時間は、特に夜間は増えるので母は助かると思います。ですが母は今、みんな遠くに行ってしまうと感じているようです。

この家の最寄駅は中井。高田馬場から二駅で、高田馬場から歩こうと思えば歩ける距離です。西武線と地下鉄大江戸線が通っています。中流階級以上の人達の閑静な住宅地で、目白学園の生徒の往来も多いです。南斜面で陽当たりも大変良くて新宿まで一望のもとです。父が此処に家を建てたのは昭和50年、私がドイツ留学中でした。誰も引き継ぎ手が無いのは少し淋しい気がします。
どうしたらいいでしょうね。贅沢な悩み事です。 

玄関
玄関の引き戸にはステンドガラスが入っていて美しいです。
大雪の庭
庭も大雪



ブリュッセルに住んでいるエミールから1月18日に突然メールが来た。
「ガブリエルが東京にいます。」

エミールの家族とはドイツ留学時代に石井がエリザベートコンクールを受けにブリュッセルに行って以来40年以上の付き合い。彼の家がコンクール滞在中のホストハウスだった。なんだかすごく気に入ってくれて、日本に帰る前には秀太郎も連れてブリュッセルに行き、その頃ガブリエルは6歳位のやんちゃな男の子だった。
彼は成人してブリュッセルの有名な歌劇場のオーケストラの打楽器奏者となり、そのオーケストラの日本公演の折には会い、東京の我々の家にも来た。何年か前に結婚してジャカルタ在住になって、エミールは海で遊ぶ家族の写真を送ってくれた。しかし最近はクリスマスカードも来なくなっていた。
それが突然「今、東京にいる」とは‼︎
きっと私達が住んでいる山口県が東京から1000キロも離れているとは想像が出来なかったのだろう。

それが偶然私は19日に上京する予定になっていた。それで会えるかもしれないとメッセージを送った。 
それならFBのメッセンジャーで連絡を取り合おうと言う事になった。午後なら何時でも私の都合に合わせられると言うので3時にホテルでとのメッセージを送った。。そこまでは突然だった にもかかわらず順調に事が運んだ。ところが19日朝家を出て私のipadを開いてみるとどうやっても電源が入らない。最近ちょっと調子が悪かったので  遂に故障かと諦めた。しかし連絡の取りようがない。彼の電話番号はメールに書いてあったがメモしてなかったのでipadが開けない限り解らない。仕方なくホテルに電話して伝言を頼んだ。3時にホテルに行くと言う事と私の携帯番号も。しかしその時はすでに彼は外出していた。
3時にホテルに帰って来れるのか心配だったが、私は昨夜のメッセージが彼に届いている事を信じて3 時ホテルに行った。ところが彼はいない。待つこと20分。朝、私の伝言を受けてくれたフロントの女性が 心配してロビーにあるパソコンでfbを開いてくれた。そうしたら何と3時ではなくて4時にしてくれとのメッセージが入っているではないか!なあんだと思って ロビーで4時まで待った。

彼は4時過ぎに現れた‼︎ 随分久し振りなのにすぐわかった。
彼は今回はインドネシアの要請で 日本の高校生と中学生にフランス語を教えに来たそうだ。1週間滞在するとの事。秀太郎達のことやエミールの事など何やかや話して5時頃別れた。夜は歌舞伎を観ると言っていた。
会えて良かった❣️
奇跡のようだった。 

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