カテゴリ: 宏樹庵便り

7月23日(土)午後3時より福岡県田川郡糸田町で石井啓一郎ヴァイオリンリサイタルが開催された。


糸田町は福岡県のほぼ中央に位置し、北九州から南に1時間ほど下った所、飯塚からは8キロほどの町。平成筑豊鉄道糸田駅のすぐ近くにある糸田町文化会館にてリサイタルは開かれた。300人余りの客席は満席で、小学生から高齢の方まで実に幅広い年齢層のお客さんだった。
小さな町だが、山頭火を擁護していた実力者がいて山頭火もたびたびここを訪れ石碑も建っている。また、和太鼓が盛んで20人ほどのジュニアのグループが今年全国大会で優勝し、海外遠征もしているそうだ。この会館の舞台裏に大きな太鼓が収納してあって、この日も本番があるとの事で私達の演奏会の休憩時間に太鼓を裏から運び出していた。元々、田川には日本フィルを招聘していた実行委員会があり、今は人口減少で活動していないが、オーケストラだけでなく、私達二人も何度もこの地域を訪れている。田川だけでなく、中津、飯塚、直方、桂川、豊前、行橋などなどずいぶん様々な所へ足を運んだ。その中に糸田町もあって、この辺りは炭鉱で栄えた町だが、何か文化を受け入れる素地があるのだと思う。糸田町の中心人物は元学校の先生で今年86歳になられるとか。足が少しお悪いがお元気でこのたびも大変奔走して下さった。

前半はパガニーニの「カンタービレとワルツ」、ベートーヴェンの「クロイツェルソナタ」。後半はどこかで耳にしたことのあるような小品が並んだプログラムで、石井の話にもとても反応良く、楽しんでいただけたようだった。
「クロイツェルソナタ」はピアノの役割も大きいので、打ち上げの席で実行委員の一人は演奏会のタイトルを「石井啓一郎ヴァイオリンリサイタル」としないで「啓一郎と啓子のコンサート」にすれば良かったと話していた。カワイの小さなグランドピアノとはとても思えない音だったと言う人もいた。

無事終わって一段落。
さあ、暑い夏休みが始まる。

糸田リサイタル
終演後、舞台で。

石井啓一郎ヴァイオリンリサイタル2017チラシ表(web用)

田植え前の田んぼに水が張られている。空と山が映る。
Fさんの玄関先には青々とした稲の苗が並んでいる。Fさんは稲の種からここまで育て、そしてこれを田んぼに植え付ける。苗の上を風がさわさわと渡っている。丈夫に育って日本一美味しいお米になれよ、と言っているようだ。

京都でのリサイタルが4日後に迫っている。6月1日京都、4日宇部、15日東京と続く。
東京でのリサイタルは今回で40回目。1977年6月8日ドイツから帰って来て初めてのリサイタルを東京文化会館小ホールで開いた。シューベルトの「デュオ」、バルトークの2番のソナタ、ベートーヴェンのソナタ7番「アレキサンダー」と意欲的な曲が並ぶ。2回目は翌年長女の出産のため1979年2月にずれ込み、プログラムはバッハのパルティータ2番に始まり、ヤナーチェクとフランクのソナタ、ラヴェルのツィガーヌ。それから毎年必ず開催するようになって今年で40回目。ずっと同じパートナーでリサイタルをこれだけ永く続けているのは他に例がないかもしれない。3人の子供達を育てながら、石井は石井で日本フィルの闘争を支えながら、そして解決後は運営委員長としてオーケストラはどうあるべきか夢を追い続けながら、どうしても自分自身の音楽力も磨きたくてリサイタルを続けた40年間。

5月27日は45回目の結婚記念日だった。大学を卒業してすぐ結婚したのだが、学生の頃から石井の伴奏をしていた。17歳の時の初めてのセックス。こんな事でこの世界中が成り立っているのかと感激し、また納得もした。鮮明に覚えている。それからちょうど50年。付き合い始めた初めの頃は、私の両親は結婚なんてとんでもないと猛反対していた。あまりに辛いので海に身を沈めようと九十九里浜へ一人で行った。しかし執拗に絡んでくる男がいて、逃げるように帰って来たという、今では笑い話のようなこともあった。
二人一緒にいてあまり喧嘩はした事がない。喧嘩の相手になってくれなかったという方が正しいかもしれない。音楽上の事で見解の相違があったことはある。しかし練習が煮詰まって来るとだんだん寄り添ってくるものだ。

東京のリサイタルから家に帰ってくる頃にはもう田植えも終わっているだろう。
青田の美しさを思い浮かべながらリサイタルに臨もう。

初リサイタル
初めてのリサイタルのチラシ、若かったなあ。

幸明館と共に宏二郎の住居の方も完成した。

落成式の時、設計士の向山さんが話していたが、住む人と徹底的に話しながら作ったそうだ。壁は土壁、これが塗っては乾かしの連続で5か月かかった。屋根などすべて木組みで、部屋一つ一つにもこだわりが見える。狭いスペースだが、これから住んでみて、またいろいろ使い方など工夫するのだろう。
庭は柿本造園が精力的に作ってくれて、落成式の時も好評だった。宏二郎自身はちょっと作りすぎと感じているようだが、時間が経てば馴染んでくると思う。

さてさて、ここにいつから住むか。お楽しみ。

住居棟
自治会館から上がってきた所
玄関
玄関
濡縁と庭
庭と濡縁
居間
吹き抜けになっている居間。この右側には薪ストーブもある。


書斎
2階中央の部屋。これが何とも不思議な部屋で、まるで舟に乗っているよう。
向こうに見えるのは1階の吹き抜けの居間。両脇が空いているので空間、或いは海に浮かんでいるような気がする。


2階和室

2階の和室からも林が見える。自治会館の方を向いている。
宏樹庵に住んでいるアシダカグモ(私達は「アレックス」と呼んでいる)がここにも移住してきたそうだ。
蜘蛛もここが宏樹庵の分家と思っているのだろうか。





落成式 宏二郎展2017


落成式に続いて宏二郎展が始まった。
会期は4月8日より16日までの9日間。今回は「円に佇む」と題して円形のキャンバスに描いた絵が目を引く。
宇宙的な雰囲気がする不思議な絵の空間。円は禅において始まりも終わりもなく、すべては一体であるという真理や、宇宙そのものを表すと宏二郎は言う。一筆一筆、丹念に描かれた世界は独自のものだ。
ますます高みに上って行くような感じがする。

オープニングパーティでは石井啓一郎&啓子で何曲か演奏し、その後の宴会では岩国寿司、大平、蓮の三杯酢、鮭の冷製、しし肉のホワイトソースかけ、蒸し牡蠣、燻製牡蠣とトマト、ゴボウと竹の子のうま煮、ふろふき大根、など15品目の料理が所狭しと並んだ。
宏二郎展2017オープニングパーティ

完成した幸明館と住居

幸明館入口

落成式-母の挨拶



4月8日(土)午後3時より完成した幸明館にて落成式が執り行われた。
30人余りの方が集まり、東京から来た米本一幸がまず挨拶、その後、設計士の向山さんや大工棟梁の久良さん、左官の森重さんが現場からの感想などをお話しして下さり、来賓挨拶は五橋文庫の酒井佑氏と県会議員の槙本利光氏、そして岩国市長からの祝電披露の後、宏二郎の謝辞で乾杯。
皆さん、この建物、並びに庭との調和などを見て感激していた。岩国の誇れる文化だと。
出来上がるまで大変時間はかかったが、いい物が出来た。これを多くの方に見て頂きたい。
母、米本一幸の元気なうちに完成できて本当に良かった。

落成式、書展2

落成式、書展

庭









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