カテゴリ: 宏樹庵便り

6月27日吉和のウッドワン美術館にて前原冬樹の木彫を見た。

前原冬樹は1962年生まれ。一度日大芸術学部に入るも中途退学しボクサーの道を歩む。10年経ってまた芸術に目覚めたのか東京芸術大学を目指す。7度入試に挑戦、1994年32歳でやっと美術部油画科に入学。1998年卒業制作に「桜の下」という半立体の作品を創る。それは胸の上に組まれた両手をほどき扉を観音開きに開けるとその窓の外に桜が舞う青い空が広がっている美しい作品で東京芸大に買い上げられた。これを機に木彫り制作を始める。
油絵は塗ったり削ったり、プラスとマイナスの作業だが木彫りは削る一方でそれが潔いと彼は思う。彫る対象は手であったり鍵であったりどんぐりであったり、その辺にあるものをどう見ても木で出来ているとは思えないような着色で本物そっくりに創る。さびているものに美を感じるのは自分も移ろい行き、やがては生を終えるものと感じるから。そこに佇んでいるだけのように見える作品も、そのものと自分との間合いを感じ、やがて移ろい行くものだからこそ今が一番輝き、一番大切なもの。

宏二郎の個展が東京で28日から始まった。
今回は祈りがテーマ。彼も移ろい行くもの、対象となるものと自分の間合いを大切にしている。
多くの人の目に留まりますように。
6月28日から7月19日まで、八重洲2-7-4清水ビル202 木之庄企畫にて

展覧会を見てから隣のホテルに宿泊。ここの料理が美味しくて泊まるのは3度目。
前菜もきれいだった。イチジクのゴマソースで合えたみたいなのが特に美味しかった。あとこれは家で挑戦してみようかなと思ったのは舌平目のウニ乗せ焼き。舌平目のうま味がしっかりしていて、見た目も良いしお箸でつまんで取りやすいと思った。どうやって作るのかな。
いつも出かける時は何日か前に天気予報を確認して晴とわかっている日に出かけることにしているのだが、今回はこの日しかなくて、天気予報は雨。最悪な事に台風まで来ることになった。しかし、台風は四国の沖合を通り山口県は峠はさすがに雲の中で雨が降ったが、あとはそれほどでもなく、翌日は何と晴れた!
気分爽快で吉和に一軒だけ残るわさび本舗に寄って帰った。

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白い器に入っているのがイチジクの和え物、左回りにおくらとイカの和え物、枝豆の麩、穴子八幡巻き、地鶏塩焼き
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これはジュンサイのカクテル、ほんの少し甘みがあった。
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舌平目ウニ乗せ焼き
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デザートはずんだ餡が入ったおはぎと透かし木の葉でくるんだチーズ餅

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翌日は晴れ、玄関前の巨木の前で
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この巨木はニュージーランドから運んだもので樹齢1000年から1200年と言う

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わさび本舗で生わさびを購入。これは昨日のお刺身にも付いてきたが辛いというより美味しい!

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前原冬樹木彫り展








6月6日京都、9日宇部と連続した古希のリサイタルが18日東京文化会館での公演で終わった。
京都では日本フィルに関連した二人での、或いはもう一人加わっての演奏会を30年程前からやっていたが、東京と同じプログラムで前後して京都コンサートホールで演奏し始めたのは1997年、私たちの演奏活動20周年の年だった。始めは手伝ってくれていたメンバーも去り、応援してくれていた大病院も体制が変わってゼロになってしまって何年にもなる。今は数少ない実行委員のメンバーが口コミで一生懸命みんなに声をかけてくれて何とか100人余りのお客さんが集まる。宇部は会場が狭い事と昔からの石井啓一郎の仲間達で何とか成り立っている。東京もリサイタルを始めた1977年の頃は石井の父も私の父も現役で、時代も時代だったので企業関係の買い上げも多く、販売に私達はあまり苦労しなかった。しかし今では弟子に預けたチケットが戻されるのも当たり前になり、企業はほぼゼロ、全て口コミで売っている。音楽業界全体でもクラシックの演奏会にチケットを買ってまでして行く人が少なくなっている。足を運んで聴いてくれた人は「明日の元気をもらった!」などと 反応は良いのだが。


今回ブラームスのソナタを2曲弾いた。
中でも2番のソナタは私達の結婚披露宴で演奏した思い入れのある曲だった。これまで人前ではほとんど弾いた事のない二人の内緒の曲で、今回は古希を記念して取り組んだ。1楽章にはAllegro amabile との表示があり、私は今回このamabile にこだわった。
ドレスは結婚披露宴の時に来たドレス。これは私と母の手作りなのだった。母は良い家庭のお嬢様だったので結婚する前には花嫁修行としてお花と裁縫とお料理を習った。私達姉妹が幼い頃はお揃いの夏のワンピースなどよく縫ってくれたものだった。レースの布を買ってきて私と母でデザインを考え、母が縫って、私は下に着るスリップを縫った。1972年、石井は23歳、私はまだ22歳だった。このドレスはその後、陽子が自分の結婚披露宴でも着た。私は今後もうこのドレスを着る事はないと思うが、もしかしたら孫の誰かが着るだろうか?大切にしまっておこう。 

京都2019
京都コンサートホールにて終演後

宇部2019
宇部では超多忙の金子法子先生がいらして下さった



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東京文化会館にて終演後、挨拶に並ぶ長蛇の列

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古いアルバムから。
私達の結婚披露宴でブラームスの2番のソナタを演奏



 

4月7日から開かれていた宏二郎展が14日に終わった。
今回は宏樹庵に油絵15点、幸明館には流木や鉄片など近くの海岸に打ち寄せられたものにろうそくを描いたイコンを24点、計39点の作品が展示された。
油絵の中でも錦川上流と思われる、朝靄が立ち込めているような川「山河」は幅200センチもある大作。床の間の絵は濃い藍色の森「青寂」。どちらも奥行きの深さを感じさせる作品となっていた。
イコンはこれまでは流木に描いていたが、今回は鉄製の、何だったのかもう解らなくなってしまったものも海岸で拾ってきてろうそくを描いた。人が使っていたであろうその鉄片も、変わり果てた形になっているのだがろうそくを描くと何か命が宿るような気がする。
開催日に先立って6日夜には宏樹庵でオープニングパーティが催された。20人くらいのお客さんが集まり、岩国寿司やシシ肉のシチューなどを囲んで和やかに話が弾んだ。
日刊いわくに、中国新聞、毎日新聞、アイキャンでも取り上げられ、それを見て来ましたという人もいた。今回はかなり多くの場所にチラシを置いたのだが、それを見て来る人はあまりなく、やはり口コミで誰かが誘わないと来てくれないことを改めて思い知らされた。
展覧会の終了した14日の夜、家族で打ち上げの会をした。前菜に近所の蕨を煮たものとお隣の畑の牛蒡を酢牛蒡にしたもの、枝豆。ゴマ豆腐。採りたての筍と庭の蕗の炊き合わせ。瀬戸内海の水カレイを塩焼きにしてあとは貝汁やアボカドとクリームチーズのサラダなどいろいろ賑やかに食卓に並べた。お酒はうま味たっぷりの日下無双(ひのしたむそう)。「俺は宏二郎の絵が何点売れるかが一番の関心事だ。」と言う石井の弁は厳しく、11時にもうお開きにしましょうと私が言い出すまで続いた。

宏二郎展をずっと見守ってくれていたザイフリボクの白い花も少しずつ散り始めた。

山河
山河。輝きが素晴らしい。そして奥の奥まで川が続いている。

青寂
青寂。静寂ではなく「青」という字を使ったのは宏二郎の造語。

イコン
右端の板は五橋の酒井さんが持ち込んだとても古い板

イコン2
流木にも存在感がある。

鉄片
今回初めて鉄片にもろうそくを描いた。

ろうそく達
ろうそく達。1個1個を壁などに掛けるとまた風情があるのだが。

オープニングパーティ
オープニングパーティの夜7時には宏樹庵に入る小径にろうそくがともされた。

反省会
打ち上げ。孫も一緒に乾杯!



前菜
前菜。

筍と蕗
庭の蕗なので細いけれど香りと甘みがあった。

ザイフリボクの花
ザイフリボクの大きな木。手前は幸明館(宏二郎のアトリエと展示室)
塀沿いに咲いているのは赤と白のトキワマンサク。











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3月31日日曜日午後2時よりシンフォニア岩国多目的ホールにて恒例の石井啓一郎ファミリーコンサートが開催された。
今回18回目。啓一郎と啓子のコンビはもとより、それに陽子が加わって華やかで和やかなコンサートとして好評を得ている。
ヴァイオリンとピアノでドビュッシーの「小舟にて」とフォスターの「故郷の人々」の後、フルートとピアノでマルティヌーの「フルートとピアノのためのソナタ第1番」とボルン作曲の「カルメン幻想曲」。休憩を挟んで再びヴァイオリンとピアノでブラームスの「ワルツ」や「ハンガリー舞曲第4番」。そしてなんとサラサーテの小品ばかり4曲を並べるといった思い切ったプログラム。後藤みどりなら余裕で弾ける曲かもしれないが、石井啓一郎はそれほど技巧を得意とはしていない。むしろ民謡などを石井独特の節回しで弾くほうが合っている。毎日毎日の練習が大変だった。歯が痛くなって歯医者に何度も通った。(彼は曲のせいではないと言っていたが) 何とか本番までには一応お客さんに楽しんでいただけるまでにはなった。
このたびのコンサートのチケット販売に向けてはいつものスタッフはもちろんだが、岩国西ロータリークラブの方々が大変協力的でお蔭さまで例年より多い200名近いお客さんが集まった。高校生以下の子供たちも高森小学校の吹奏楽部の児童が19名などいつもよりかなり多かった。
翌日、スタッフの一人の家には大変良かったとの電話がいろいろな人からかかったとのこと。
クラシックの音楽が根付いているとはなかなか言えないこの地方だが、続けているうちに少し皆さんがコンサートに慣れてきたような感じがする。
これからももっとファンの層を広げて続けていきたいと思う。

陽子1

陽子2
陽子の暗譜力には定評がある。

啓一郎2 

啓一郎1

啓子
シベリウスのロマンスを久しぶりに弾いた。


アンコール1
石井のトークで皆さんにっこり。

アンコール2
アンコールはクロンケの蝶々。






3月7日前からお願いしていた藤重貞子さんによる岩国寿司講習会が黒磯自治会館で行われた。

藤重貞子さんは宏樹庵のお隣りの家の私たちが何かあるごとに料理長を務めて下さるお料理好きな方。岩国寿司も二十歳の時から作っていると言う。もう81歳なので私たちが自分たちで作れるようにしておかなければと思い、引っ越してきた藍ちゃんが幼稚園の園長先生からお寿司の木枠を頂いたこともあって、お願いした。

岩国寿司は岩国藩主の吉川広家が合戦のために献上させた保存食が庶民に広がって、今では岩国の郷土料理として定着、私の祖母の家にも大きな木枠があって小さかった私はお寿司を詰めたら上に乗って重石の役目をしていた。いっぺんに3升ものお米を使うので大勢親戚などが集まる時に作っていた。木枠は大小あり、藍ちゃんが頂いたのは1升用だった。家々で少しずつ趣が違い、岩国特産の蓮は使うが藤重さんのはその蓮が見えないように置いてあった。酢でしめた魚を使う家もあるが、藤重さんのは魚屋さんに頼んだおぼろ。ヒラメの身をすりつぶしてきれいな赤い色をしている。岩国寿司講習会1
まず炊き立てのご飯3升を木おけに入れ、素早くお酢をかける
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酢飯が冷えるまでに上に乗せる具材をみんなで用意
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青味の葉は今回はうちの畑の春菊
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蓮は湯がいて酢につけておく
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錦糸卵。これがきれいに焼くのが難しい
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藍ちゃんも果敢に挑戦
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いよいよ木枠に詰め始める。まずチシャを敷き詰めた上に酢飯を敷く
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その上に蓮などを順次乗せていく
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おぼろも乗せたら最後は錦糸卵
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その上にまたチシャを敷き詰める
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そしてまた酢飯を乗せる。その繰り返しで何段にもなるサンドイッチ状の押し寿司が出来る
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藍ちゃんも自分の木枠に作っていく
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一番上の段も完成
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重石を乗せて3時間くらい寝かせる
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木枠を外す
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専用の物差しを使いながら崩れないように慎重に切る。包丁も専用のもの。
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藍ちゃんのは木枠の面積が小さかったので4段にもなった
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初めてにもかかわらず上手に切れた
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いただきます!とっても美味しかったです!



















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