カテゴリ: 宏樹庵便り

9月16日(土)に俵田邸で始まったミュージックキャンプ宇部は、18日(祝)日立建設ミーティングホールにて開催された演奏会の満場の拍手喝采で終了した。

今回は今までで一番参加者が多く、合奏だけの人を含めると44人にもなった。レッスンを石井と桜庭氏の二手に分けて、俵田邸の隣のふれあいセンターも借りて同時進行のスケジュールを組んだ。
キャンプ中はいろいろ想定外の事が起こった。
まず、中国の方へ進むとばかり思って楽観視していた台風18号がミュージックキャンプ直前になって進路を東に変え、山口県直撃の予報!! やむなく野外のバーベキューは中止にしてユースホステルの食堂にみんな集まった。
そこへ来て、今度はキャンプ中のシェフ、江波さんのお父様が危篤との知らせが16日に飛び込んでくる。シェフは急いで京都へ発ち、残り部隊で何とか乗り切る。シェフは演奏もする事になっていたので、その弦楽三重奏のチェロパートは他の参加者が引き受けてくれて2日間猛練習して本番に臨む。
台風は17日の昼に来た。朝は穏やかだったのに昼過ぎに急に風雨が強まり、俵田邸の窓がガタガタ言い出したので雨戸を閉めた。しかし覚悟していた程ではなく、夕方には通り過ぎて陽が射し、美しい虹が見えた。その夜は満天の星空で、特に東京からの参加者は、星が上空だけでなく山の端近くまで光っているのを初めて体験し感激していた。流れ星も見えたそうだ。
そして迎えた本番。何とその朝、参加者の一人が食中毒にかかり来れなくなってしまった。弦楽四重奏のその人のパートを急きょベテランの人がカバーしてくれて難しい曲だったのによく弾いた。
今回のプログラムの最後の曲はバッハのオーボエとヴァイオリンのための協奏曲。いつも合奏はあったが、協奏曲は初めて。小学生4人中学生3人を含む合奏を伴奏に、オーボエとヴァイオリンがソロを弾いた。みんなとても一生懸命で、音の幅もあり、聴きごたえがあった。
終演後はいつものようにユースホステルで打ち上げがあり、今回受験で参加できなかった子のピアノの熱演があり、また、その子の知り合いの歌の披露もあって楽しかった。


ミュージックキャンプ宇部は今回6回目。
大人も子供も成長している。

レッスン風景
俵田邸でのレッスン風景。ヴィオラを弾いているのは中学生。
モンドンヴィル
モンドンヴィルという珍しい人の曲もあった。
ヘンデル
ヘンデルの2本のチェロのためのソナタ。ピアノの人は初参加だったが楽しかったと言っていた。
合奏
バッハの協奏曲(練習風景)
コントラバスが2本も入っていて低弦はとても充実していた。






8月28日(月)今年の夏の最後のお客さん、石窯を作ってくれた大工さん3人を迎えて、またピザを焼いた。
その日のメニューはピザの他、フォアグラ、ゴルビージャックの厚切り、卵ときゅうりのカナッペ、畑の野菜たち、オクラとしし唐と茄子は焼いて、紫玉ねぎはスライス、枝豆、ゴボウの素揚げ、しし肉のクリーム煮いんげん豆添え。

8月3日に火入れ式をした石窯。瓦と土で作り、二層に分けているのは分厚い大谷石。下段で薪を燃やし、奥の隙間から炎が上がって来る。ピザを焼くのは今回で4回目。初めての時は人数も多かったが、40センチのピザを5枚も焼き、多すぎて翌朝食もピザとなってしまった。それからは2枚ずつ焼く。どれも美味しく焼けたのだが、いま一つパリッとしない。今回は思い切って小麦粉の量を3分の2にし、石の上に網を置いて空気が鉄板を覆うようにしてみた。粉が3分の2(薄力粉100強力粉100)でも十分に40センチの大きさに伸ばせた。午後6時半に食べ始める予定だったので、火は4時45分頃から燃やし始めた。火の加減が難しく、石井は台所にいる私に10分ごとに今何時か聞いてくる。6時20分に1枚目を入れる。これは前より早く、5分位で焼き上がった。すかさず2枚目。これはクッキングシートの上に乗せておいたので、そのシートごと鉄板に乗せた。今まで2枚目は鉄板の上の作業ではなかったので形が崩れたこともあったが、この方法なら簡単だった。しかし、火力が少し衰えてきて、縁がこんがりとは焼けなかった。でも美味しく頂いた。

火の好きな石井の念願の石窯完成(この後、ここに屋根も付ける予定)だったが、火のコントロールが難しくて、なお、予想以上に薪が要ることも判明。私達二人のためだけにピザを焼くのは労力の使い過ぎと思う。それとも半径の小さいピザなら簡単なのだろうか。だれか、体験話を聞かせて下さい。

それにしてもこの夏、宏樹庵に寝泊まりした人に、食事だけ一緒にした人も加えると、大人20人子供16人計36人!!!

石窯
ハムとトマトのピザとシーフードのピザ
石窯1
立派な石窯。背景の崖もよく合っている。

2017夏休み-海

7月22日に学校の夏休みが始まってすぐ宏樹庵に来た陽子達家族は別として、8月3日から宏二郎家族や弟子の家族たちが次々と宏樹庵に集まり、最大大人9人、子供11人がここで寝泊まりした。
最大のイベントは山口線のSLに乗ったこと。新山口から津和野まで行きは特急列車で、帰りがSL。黒い煙を吐いて動く車両は大変力強かった。私達はその機関車のすぐ後ろの車両で、ポッポー!と汽笛も大きかった。
その他、錦帯橋の花火大会、由宇の潮風公園の海、流しそうめん、出来立ての石窯で焼いたピザ、美川町のムーバレーで地底探検、周防大島でのぶどう狩り、柳井の金魚祭り、などなど毎日のように出かけた。
その間に宿題もやり、子供同士の喧嘩もあり、宏樹庵の中は賑やか賑やか!一番大きいのは小学5年生の男の子なのだが、意外と幼くて2年生の晴香たちと一緒にお風呂にも入った。
11日からはその男の子たちと入れ替わりに、姪の家族たちが来て、それは女の子ばかりなので、さすがに少し静かになった。その姪家族たちも15日に帰り、晴香たちが寂しがるので、ふれあいパークに行って七宝焼きのキーホルダー作りと、陽子は萩焼に挑戦。キーホルダーはとても上手に1時間くらいで出来上がったのに、萩焼は何と4時間もかかったので、晴香たちはキーホルダーを作ったあと、石鹸粘土作りやうちわ作りもして、大変楽しかったようだ。それにしてもこの歳で4時間も飽きずに工作できるのには感心した。

お盆を過ぎて朝晩は涼しくなった。
この後、22日には晴香たちのパパが来て、桜庭さんと美奈ちゃんも来て、そして8月が終わる。
全然練習が出来なかったけれど、子供達の成長を見ていると個性豊かで面白い。来年はどんな子になっているのかな。
2017夏休み-SL
SLヤマグチ号
2017夏休み-流しそうめん
流しそうめん。小さい子も上手にすくえた。あらら、水遊びの方が面白いって誰かな。

オムライス
8月生まれの男の子のためのオムライス。卵24個、ご飯7合、中にはチキンや玉ねぎ、人参など沢山入っている。写真には写っていないが、ソースはキノコのデミグラスソース。
バーベキュー

バーベキュー2
バーベキュー
夕食
夕食。この日は夏野菜カレー。
金魚祭り2017

金魚祭り2017-2
柳井の金魚祭り、大変な人出と大きな山車。よく迷子にならなかった。
ふれパクにて
ふれあいパークにて工作。
キーホルダー
右が絢香、左が晴香が作ったキーホルダー。1㎜くらいの小さなビーズをこれだけきちんと並べられる子はいないと感心された。

萩焼作り
萩焼。陽子の丁寧な作業にも指導員は感心。釉を塗って仕上げ、3か月程したら埼玉まで送ってくれる。
楽しみ!
お盆
お盆











7月23日(土)午後3時より福岡県田川郡糸田町で石井啓一郎ヴァイオリンリサイタルが開催された。


糸田町は福岡県のほぼ中央に位置し、北九州から南に1時間ほど下った所、飯塚からは8キロほどの町。平成筑豊鉄道糸田駅のすぐ近くにある糸田町文化会館にてリサイタルは開かれた。300人余りの客席は満席で、小学生から高齢の方まで実に幅広い年齢層のお客さんだった。
小さな町だが、山頭火を擁護していた実力者がいて山頭火もたびたびここを訪れ石碑も建っている。また、和太鼓が盛んで20人ほどのジュニアのグループが今年全国大会で優勝し、海外遠征もしているそうだ。この会館の舞台裏に大きな太鼓が収納してあって、この日も本番があるとの事で私達の演奏会の休憩時間に太鼓を裏から運び出していた。元々、田川には日本フィルを招聘していた実行委員会があり、今は人口減少で活動していないが、オーケストラだけでなく、私達二人も何度もこの地域を訪れている。田川だけでなく、中津、飯塚、直方、桂川、豊前、行橋などなどずいぶん様々な所へ足を運んだ。その中に糸田町もあって、この辺りは炭鉱で栄えた町だが、何か文化を受け入れる素地があるのだと思う。糸田町の中心人物は元学校の先生で今年86歳になられるとか。足が少しお悪いがお元気でこのたびも大変奔走して下さった。

前半はパガニーニの「カンタービレとワルツ」、ベートーヴェンの「クロイツェルソナタ」。後半はどこかで耳にしたことのあるような小品が並んだプログラムで、石井の話にもとても反応良く、楽しんでいただけたようだった。
「クロイツェルソナタ」はピアノの役割も大きいので、打ち上げの席で実行委員の一人は演奏会のタイトルを「石井啓一郎ヴァイオリンリサイタル」としないで「啓一郎と啓子のコンサート」にすれば良かったと話していた。カワイの小さなグランドピアノとはとても思えない音だったと言う人もいた。

無事終わって一段落。
さあ、暑い夏休みが始まる。

糸田リサイタル
終演後、舞台で。

6月1日京都、4日宇部、そして15日東京。全く同じプログラムのリサイタルがようやく終わった。
京都と宇部は移動して翌々日だったので連続した感じだったが、宇部の後、東京までは時間があったので京都の時の録音を聞いたり、家で録音し直して聞いたりしてテンポ、バランス、音程などだいぶ手直しした。
迎えた東京のリサイタルではお互い合わせる事を考えず自由に弾こうと申し合わせ、その結果、モーツァルトでは私が焦る程合わないこともあったが、流れは悪くなかったらしい。聴衆には大変好評で、楽しんで聴けたという声が多かった。モーツァルトをプログラムの頭にしないでプロコフィエフの小品から始めたのも良かったのかもしれない。ベートーヴェンのクロイツェルソナタではどうしても熱がこもり過ぎて音を外すこともあったが、どこか冷静な所も常にあった。最後のフォルティッシモの音が消えていった時、弾き切ったという感慨があった。


1977年以来40回目のリサイタルが終わった。
初めの頃は父や企業などの協力もあってお客さんは多かった。しかし時代の流れもあり、次第にお客さんを集めるのは大変になってきている。今年68歳。古希まであと2年。いつ、どんな病気で倒れるかわからない。でも気力がある限り、また聴きに来て下さるお客さんがいる限り、このリサイタルももう少し続けようと思う。
皆さんどうぞご感想をお寄せ下さい。

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東京文化会館ホワイエにて終演後。

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