カテゴリ: 宏樹庵便り

1月27日(土)午前9時より宇部市の大学院幼児園にて発表会があった。
大学院幼児園は孫の琴子や智比呂の通っている保育園で、琴子はこの春小学校に入学するので最後の発表会。是非と思い観に行った。
この保育園は大変しっかりとした保育をしており、幼児の発表会とはとても思えない内容の劇、オペレッタ、ダンス、日舞、和太鼓、ピアニカなどの合奏、合唱と多彩なプログラムで、それぞれ少ないグループは数人、多いグループは20人くらいの子供たちが全身で一生懸命に踊ったり歌ったりしている姿を見て目頭が熱くなった。特に、最後今年卒園する琴子たちが歌った合唱「君が嬉しそうな顔をしてると僕も楽しくなるよ、悲しいこと辛いことがあっても一人で泣かないで、僕に話して一緒に泣こう、離れるのは淋しいけど別れじゃないと思う、君は僕の宝、これから会う人も僕の宝・・・」というような歌詞の歌を表情豊かに歌った時には涙がボロボロこぼれた。歌っている子供たちもウルウルしていたと後から聞いて、子供たちもちゃんと意味をしっかり分かって歌っていたんだと思い、また涙が出た。
能力の差はあるだろうが、それぞれに全力を出させるように仕向ける指導はすごいと思った。そして子供たちもそれに応えて今日の発表があった。小さい時に身に付けたそういう事は学校に入っても生きることだろう。
頑張れ、子供たち!!

ダンス
南の国のダンス
ピーターパン
2歳児のクラスの劇「ピーターパン」
リトルマーメイド
5歳児の劇「リトルマーメイド」ちゃんと長いセリフがあり、それぞれが役になり切っていた。
日舞女の子
女の子の日舞
日舞男の子
男の子の日舞
和太鼓
和太鼓
オペレッタ くるみ割り人形
オペレッタ「くるみ割り人形」
ダンス 桃色の太鼓
ダンス「ももいろ太鼓」  太鼓のばちを持ってのダンス、かっこよかった。
合奏sakuragumi
合奏、そしてこの子たちが最後に合唱した。















2018年1月大雪 2階の窓から


大雪の一夜が明けて一面の雪が眩しく光っています。降りましたね。
上の写真は実家の2階の窓からの景色です。

私の実家は東京都新宿区中井。母は90歳で一人暮らしです。
米本の家に生まれた私は三姉妹の長女でした。父が生前、誰が墓守りをしてくれるかとよく言っていたため、私の次男宏二郎を結婚していなかった妹の養子にしました。ところが妹はさっさと父の後を追って4年前にお星様になってしまいました。米本家の重圧が一気に宏二郎の肩にかかってきてしまったのです。 

母は前からお料理はあまり好きではなかったようです。それにひきかえ父は戦地に行ってもどの草が食べられるかちゃんと見分けが付き、食糧難だった南の島でも指図は出来たそうです。父は仕事に余裕があり出すと家の食事を作るようになり、父が出来なくなると妹が全部作っていました。ところが妹がいなくなってしまったので宏二郎が代わりに孫の身でありながら週一回ですが母と一緒に食事をし、作り置きもし、買い物もして。。。すぐ下の妹も東京に住んでいるので週一回来て面倒を見てくれています。私もなるべく月に一回は上京し何日か泊まるようにしています。

そんな生活が続いていましたが、昨年春、岩国に宏二郎の家が完成しました。これは宏二郎の意図した事ではなく、母が書を収納する為の倉庫を作って欲しいと言った事の副産物です。でも家を作るに当たって宏二郎はどうでもいい訳ではなくこだわり抜いた家になりました。この度宏二郎の長男一青が幼稚園に入る年齢になり岩国の幼稚園に入れたいとの願望も重なって、母の面倒を見なくてはと言う責任感を感じながらも母と協議の上、岩国に引っ越してくる事になりました。月に一回は上京し実家に何日か泊まると言う条件付きです。私が考えるのは、週に一度来るより母と一緒に過ごす時間は、特に夜間は増えるので母は助かると思います。ですが母は今、みんな遠くに行ってしまうと感じているようです。

この家の最寄駅は中井。高田馬場から二駅で、高田馬場から歩こうと思えば歩ける距離です。西武線と地下鉄大江戸線が通っています。中流階級以上の人達の閑静な住宅地で、目白学園の生徒の往来も多いです。南斜面で陽当たりも大変良くて新宿まで一望のもとです。父が此処に家を建てたのは昭和50年、私がドイツ留学中でした。誰も引き継ぎ手が無いのは少し淋しい気がします。
どうしたらいいでしょうね。贅沢な悩み事です。 

玄関
玄関の引き戸にはステンドガラスが入っていて美しいです。
大雪の庭
庭も大雪



ブリュッセルに住んでいるエミールから1月18日に突然メールが来た。
「ガブリエルが東京にいます。」

エミールの家族とはドイツ留学時代に石井がエリザベートコンクールを受けにブリュッセルに行って以来40年以上の付き合い。彼の家がコンクール滞在中のホストハウスだった。なんだかすごく気に入ってくれて、日本に帰る前には秀太郎も連れてブリュッセルに行き、その頃ガブリエルは6歳位のやんちゃな男の子だった。
彼は成人してブリュッセルの有名な歌劇場のオーケストラの打楽器奏者となり、そのオーケストラの日本公演の折には会い、東京の我々の家にも来た。何年か前に結婚してジャカルタ在住になって、エミールは海で遊ぶ家族の写真を送ってくれた。しかし最近はクリスマスカードも来なくなっていた。
それが突然「今、東京にいる」とは‼︎
きっと私達が住んでいる山口県が東京から1000キロも離れているとは想像が出来なかったのだろう。

それが偶然私は19日に上京する予定になっていた。それで会えるかもしれないとメッセージを送った。 
それならFBのメッセンジャーで連絡を取り合おうと言う事になった。午後なら何時でも私の都合に合わせられると言うので3時にホテルでとのメッセージを送った。。そこまでは突然だった にもかかわらず順調に事が運んだ。ところが19日朝家を出て私のipadを開いてみるとどうやっても電源が入らない。最近ちょっと調子が悪かったので  遂に故障かと諦めた。しかし連絡の取りようがない。彼の電話番号はメールに書いてあったがメモしてなかったのでipadが開けない限り解らない。仕方なくホテルに電話して伝言を頼んだ。3時にホテルに行くと言う事と私の携帯番号も。しかしその時はすでに彼は外出していた。
3時にホテルに帰って来れるのか心配だったが、私は昨夜のメッセージが彼に届いている事を信じて3 時ホテルに行った。ところが彼はいない。待つこと20分。朝、私の伝言を受けてくれたフロントの女性が 心配してロビーにあるパソコンでfbを開いてくれた。そうしたら何と3時ではなくて4時にしてくれとのメッセージが入っているではないか!なあんだと思って ロビーで4時まで待った。

彼は4時過ぎに現れた‼︎ 随分久し振りなのにすぐわかった。
彼は今回はインドネシアの要請で 日本の高校生と中学生にフランス語を教えに来たそうだ。1週間滞在するとの事。秀太郎達のことやエミールの事など何やかや話して5時頃別れた。夜は歌舞伎を観ると言っていた。
会えて良かった❣️
奇跡のようだった。 

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1月14日(土)午後2時より佐賀市立東与賀文化ホールにてニューイヤーコンサート”ヴァイオリンの名曲を集めて”と題された石井啓一郎と啓子の演奏会が開催された。
九州には 度々二人で行き、演奏活動20周年の折にはまとめて8か所も回っているのに、佐賀での二人の演奏会は初めてだった。中心になって動いてくれたのは佐賀日本フィルの会事務局長の中野さん。集客力がどうかと心配していたが、インフルエンザや大雪のため急に来れなくなった人が何人もいると言いながら蓋を開けてみると350人ほどのお客様がホールをいっぱいに埋めていた。譜めくりや影アナを担当してくれた人は長崎の人で、長崎は大雪だったそうだ。福岡や久留米、唐津から駆けつけて下さった方もいた。ある人は私たちの演奏を聴いたのは武雄での演奏会以来20年ぶりと大変感激してくれた。
パガニーニのカンタービレとワルツ、ベートーヴェンのクロイツェルソナタが前半、後半は皆が知っているような小品の数々。ピアノの音がきれいだったとの評もあった。子供もいたのにとても静かで、中野さん達も「すごく集中して聴いていましたね!」とびっくりしていた。石井のトークにもよく反応し、笑い声もあって和やかな雰囲気だった。

翌日15日午後6時半からは唐津の光孝寺にてコンサート。ここでも好評で、来年はもう少し大きなところでもう一度という声も。

来年は私たち二人70歳になるので少し頑張って全国各地で演奏会を開こうと思っている。大掛かりな演奏会ではなくて顔の見える会がいいとも思っているので、是非来てくださいという方はお声をお寄せください。

佐賀ニューイヤーコンサート

2017年暮も押し迫っての12月26日(火)東京文化会館にて石井啓子アンサンブルシリーズⅩⅩⅧが開催された。

1987年にこのシリーズを始めて以来ずっと日本フィルのメンバーと共演してきたが25回、四半世紀を終えて、思い切ってそれを解消し、桜庭茂樹氏と石突美奈さんに共演をお願いした。2014年のその会は杉並公会堂であまり宣伝もせずにやってみて、でもうれしいことに続けて出来そうなので翌年からは東京文化会館でナンバーもⅩⅩⅥとして開催した。
ベートーヴェンは音楽家でありながら耳が聞こえなくなり遺書を書いた。しかし音楽への情熱はその苦難を乗り越えて、その後次々と傑作を生みだす。私はどうしてもその事と桜庭氏の事とを重ねて考えてしまう。一時本当に演奏が困難だった時代から抜け出せたのは彼の音楽に対する強い願望だと思う。今は素晴らしいチェリストとして私の良き共演者として演奏してくれている。彼に出会えて私は幸せだった。今回の演奏会でもつくづくそう思った。
プログラムの最初はベームの2本のフルートとピアノのための小品。陽子と石井と私の親子で演奏してほっこりした後、陽子と私でディリアスのソナタ2番。これはヴァイオリンの曲なので息継ぎなど曲の作り方はフルーティストにとって難しかったと思うが、陽子は暗譜で陽子ワールドを繰り広げ、美しかった。そしてベートーヴェンのピアノ三重奏曲作品70-1。石突美奈さんと桜庭氏と私。ベートーヴェンの斬新な曲想が光る。休憩後、ショスタコーヴィチの珍しい映画音楽などを集めたヴァイオリン2本とピアノの小品。石突美奈さんと石井と私。石突美奈さんの麗しい歌い方がお客を引き付けた。最後は名曲中の名曲、メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲1番を石井と桜庭氏と私で。この曲は何度か弾いたことがあるが、このたびは新しい発見がいくつもあった。冒頭のチェロの歌い方は桜庭氏ならではの音楽だった。音楽にとても厳しいある人が数日後に寄せてくれた感想では私のアンサンブル感覚に脱帽との事だった。
慌ただしい年末にもかかわらず360人余りの方々が集まってくださってうれしかった。

次のコンサートに向けてまた人生丸ごと精進あるのみ!
演奏会の終わった後、お正月まで東京で過ごし、3日に岩国に帰った。

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演奏終了後、ロビーにて。

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