今回のミュージックキャンプではチェロの桜庭茂樹氏にお越しいただいて、レッスンだけでなく演奏にも加わっていただいた。


彼はモンテカルロ交響楽団に長年勤め、CDも出していて日本のチェリストなら誰もが怖がるくらい有名なチェリストなのだが、何年か前ジストニアという難病にかかり、この数年は後進の指導に力を入れ、慕われて生徒は大勢いるのだが、舞台からは遠ざかっていた。


ある時、レオン・フライシャーという有名なピアニストの番組をテレビでやっていた。彼もある日突然ジストニアで右手が動かなくなり、それからは左手のみの演奏者、そして指揮者、指導者として活躍した。彼は、「音楽は両手でピアノを弾くだけではない。」と言っていた。その彼が40年ぶりに両手で弾けるようになり、記念のCDを発売した時の番組だった。感動的だった。


桜庭氏ももしかしたら治るのではと、わずかな希望を抱いて私達は彼とアンサンブルを組むことにした。初めて一緒に弾いたのはモーツアルトのピアノ四重奏曲ト短調だった。彼は壁にもたれて座り、でもそんな姿勢でもバリバリ弾けた。私達はうれしかった。ブラームスやコルンゴルトの曲も一緒に弾いた。昨年、ミュージックキャンプに講師として招聘しレッスンをしている姿を見て、もしかしたら舞台でも弾けるかもしれないと思った。


そして今年。チェロは座って弾くので椅子の形、補助道具などをいろいろ考えた。結局、何の変哲もない、背もたれさえない椅子が一番弾き易いということになった。技術的に大変難しく、他の参加者には無理と思われたショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲と、プログラム最後のブラームスのピアノ四重奏曲を演奏してもらった。ブラームスはヴァイオリン石井啓一郎、ピアノ石井啓子、ヴィオラに平さんを加えた。大変豊かな音で、出演者も、たぶん聴衆も満足のいく演奏だったと思う。


サブコンサートではチェロばかり4人でアルビノーニを弾いた。その姿を見て私は涙が出そうになった。本来ならばヴァイオリンで弾く高音域の旋律を彼は楽々と、そして非常に表現豊かに弾き、他の奏者を引っ張っていた。


「弾けるじゃない!!!」


人前で演奏するのは6年ぶりだったそうだ。これから少しずつ弾く場を広げていってもらおう。


すばらしいチェリストの生還!


ブラームスカルテット