2017年05月

石井啓一郎ヴァイオリンリサイタル2017チラシ表(web用)

田植え前の田んぼに水が張られている。空と山が映る。
Fさんの玄関先には青々とした稲の苗が並んでいる。Fさんは稲の種からここまで育て、そしてこれを田んぼに植え付ける。苗の上を風がさわさわと渡っている。丈夫に育って日本一美味しいお米になれよ、と言っているようだ。

京都でのリサイタルが4日後に迫っている。6月1日京都、4日宇部、15日東京と続く。
東京でのリサイタルは今回で40回目。1977年6月8日ドイツから帰って来て初めてのリサイタルを東京文化会館小ホールで開いた。シューベルトの「デュオ」、バルトークの2番のソナタ、ベートーヴェンのソナタ7番「アレキサンダー」と意欲的な曲が並ぶ。2回目は翌年長女の出産のため1979年2月にずれ込み、プログラムはバッハのパルティータ2番に始まり、ヤナーチェクとフランクのソナタ、ラヴェルのツィガーヌ。それから毎年必ず開催するようになって今年で40回目。ずっと同じパートナーでリサイタルをこれだけ永く続けているのは他に例がないかもしれない。3人の子供達を育てながら、石井は石井で日本フィルの闘争を支えながら、そして解決後は運営委員長としてオーケストラはどうあるべきか夢を追い続けながら、どうしても自分自身の音楽力も磨きたくてリサイタルを続けた40年間。

5月27日は45回目の結婚記念日だった。大学を卒業してすぐ結婚したのだが、学生の頃から石井の伴奏をしていた。17歳の時の初めてのセックス。こんな事でこの世界中が成り立っているのかと感激し、また納得もした。鮮明に覚えている。それからちょうど50年。付き合い始めた初めの頃は、私の両親は結婚なんてとんでもないと猛反対していた。あまりに辛いので海に身を沈めようと九十九里浜へ一人で行った。しかし執拗に絡んでくる男がいて、逃げるように帰って来たという、今では笑い話のようなこともあった。
二人一緒にいてあまり喧嘩はした事がない。喧嘩の相手になってくれなかったという方が正しいかもしれない。音楽上の事で見解の相違があったことはある。しかし練習が煮詰まって来るとだんだん寄り添ってくるものだ。

東京のリサイタルから家に帰ってくる頃にはもう田植えも終わっているだろう。
青田の美しさを思い浮かべながらリサイタルに臨もう。

初リサイタル
初めてのリサイタルのチラシ、若かったなあ。

今年は休日の関係で「散歩がてらのコンサート」開催日が5月6日になり、その前2日間がレッスンとなった。
5月2日から少しずつ参加者が集まり始め、4日10時から本格的なレッスンが黒磯自治会館と宏樹庵で始まった。参加者29名、16組のアンサンブルと今年は弦楽器奏者全員による合奏があった。指導は石井啓一郎&啓子、桜庭茂樹氏、それにフルート四重奏曲があったので陽子も講師の仲間。レッスンは朝10時から夜7時過ぎまでびっしり続く。ほとんどの人が毎年参加しているが、初参加の人が6人。小学校2年生から60歳越した人まで年齢層は広い。例年より子供の参加が少なく、少し寂しかった。でも小学生の時から本格的な弦楽四重奏曲に取り組むことで音楽の素晴らしさを子供なりに感じている。
朝早くから練習の音が聞こえ賑やかだったし、子供達は木の葉をたくさん集めて秘密基地のような物を作ったり、篝火の燃料にする竹を割ったり、様々に楽しく仲良く遊んだ。
食事は岡崎シェフがセルフサービスハンバーガーやエビのスープ、イカ墨のパスタ、ビーフシチュー、ステーキなどなど豪華に用意してくれて参加者みな大喜び。牛肉や豚肉など肉類合わせて25キロも皆の胃袋に入った。
篝火2基もよく燃えた。お天気も味方してくれて助かった。
そして迎えた6日の由宇文化会館での本番。
去年まで無かった反響板が今年はあり、立派なホールに見えた。演奏者それぞれに反省する点もありはしたが、概ね上手に弾き切ってほっとする。合奏も迫力があった。初参加で最年少の晴香も楽しかったと言っていた。隣で弾いてくれた6年生の男の子が晴香の面倒をとてもよく見てくれて、ボーイングの事などいろいろ教えてくれたおかげだろう。
終演後、宏樹庵で打ち上げ。
話して、飲んで、そして中学3年の駿介君とお母さんとによるサンサーンスのロンドカプリチオーソの完璧な演奏で拍手喝采!10時過ぎに解散となった。

2017レッスン始まる
江波ファミリー組でレッスン開始。駿介は今回初めてヴィオラに挑戦。
河口君
チェロの河口君は山口から初参加。泊まりも親なしで宏樹庵に宿泊。
合奏の練習
合奏で晴香初参加。
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2基の篝火
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岡崎シェフは炭火で豪快に牛肉の塊を焼く。
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会場練習






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