宏樹庵から歩いて15分ほど坂を登った所に古い杏の樹が植わっているうちの土地があった。その一段下には枇杷の樹が6本並んでいる土地もあった。
ずっと前に1、2度草刈りをしたことはあったが、この5、6年手付かずの状態が続いていた。雑草やかずらなどが伸び放題で、元の樹が見えないほど鬱蒼としていた。隣りの蓮田で作業していた人にある時その場所で出会ったので、今年になったら東京から移ってくるので少しは手入れができると思いますと言ったきり、今まで何もしていなかったので気になっていた。今年の夏は非常に暑かった。9月になって涼しくなったらと思っていたところへ、自治会の班長さんが、
「小屋に枝が覆いかぶさってきているので、どうにかしてもらえませんか。」
と言ってきた。
そこでシルバーセンターに電話をして見に来てもらった。来てくれたおじさんは、
「これはひどい。2日か3日はかかるじゃろう。」
と言う。聞いて見ると、4人のグループで来るので一日4万円ほどかかるそうだ。2日で8万円、3日かかったら12万円! それは高い。でも仕方あるまい-----。ほかの手立ても考えたり、いろいろ考えたが結局一日だけ来てもらってできるところまでやってくださいと頼んだ。

10月5日午前7時に彼らはやって来た。
さっそくぼうぼうの草むらに入って強力な草刈機でどんどん刈っていく。先日見に来たおじさんが一番敏捷に動ける人のようだったが、ほかの人は大丈夫かなと初めは思った。でもだんだん調子が乗ってきて木の枝などもどんどん切っていった。私は作業の邪魔にならないように太い木などを運んでいた。1時間経ったら少し休憩して、またすぐ作業を続けた。初めはまわりも何も見えなかったが、石垣で囲まれているのが見えてきた。4時間ほど続け、ついに根元50センチくらいを残して杏の樹は倒れた。まだ先の方の枝にはかずらなどが巻きついたままだ。そこからどんどん落としていく。
お昼になった。
みんなお弁当を持ってきていたので、お茶とお菓子を差し入れして私は一端家に戻った。
午後3時までの契約なので、あと2時間ではとうてい下の段の枇杷の樹までは手がまわらないだろうと諦めていた。
ぴったり1時から彼らは作業を再開した。
杏の枝はある程度短くして小川の方にはみださないようにした。石垣の上の崖の草刈りもした。そして枇杷に取り掛かった。どんどん切っていく。太いかずらが何本も巻きついている枇杷の樹をどんどん切る。今まで真っ暗だったのに隣りの畑まで見通せるようになった。全部切った。
そこで3時になった。
「今日は精力的でしたね。」
「ああ、がんばった。あと少し時間があれば切った木の整理もできるが、もう疲れたのぉ。」
そこは古戦場のようだった。
たくさんの枝や枇杷の葉が散らかっている。
でも、不思議なほど明るかった。
上の段の杏の樹のところも何もなくなった。近所のおばさんに、
「ここの道は狭いのに朝の通勤時間帯は車がとても多い。これで見通しが良くなった。ありがとう。」
と感謝された。
杏の樹は百年以上ここで頑張って色々なことを見てきたのだろうなと切り株を見て思った。
お疲れ様でした。



杏の老木。その向こうも荒れ放題。


作業するおじさん達


ついに倒れた老木


何もなくなった。。。


下の段も。ここに枇杷が6本もあったなんて思えない。
違う場所みたい。


残った切り株



隣りの田んぼでは稲が懸けてあった。


ここから瀬戸内海を見る


岩国基地、オスプレイは昨日ここからついに沖縄に飛んでいった!