2012年07月

 いつもはホーホケキョというウグイスの声で目が覚めるのだが、今朝はいきなり
「テッペンカケタカ、テッペンカケタカ!!」
という大きな声が窓のすぐ傍を通り過ぎたのでびっくりして起きた。
ホトトギスだ。
ウグイスは何羽もいて一日中林のあちこちで鳴いている。
オスプレイ陸揚げの後、米軍は少し気にしてか、飛行機の爆音が少ないようだ。以前は朝6時過ぎとか夜10時過ぎに突然ゴォーッと飛び立ったりしていたが。

今日はせっかく分けてもらった蕎麦粉が古くならないうちにと、蕎麦を打ってみることにした。
今まで教えてもらいながらやったことはあるのだが、一人で打つのは初めて。さてうまくいきますかどうか・・・

押入れの奥から木鉢、麺棒、包丁、こま板、のし台を出してきた。
ずっと前、新聞広告で見て蕎麦打ち道具セットというのを買ったのだが、木鉢が小さすぎて使えず、麺棒ものし用のが一本付いていただけだったので、ナフコで90センチの巻き取り用の棒を購入。木鉢は、蕎麦打ち名人の金井さんが直径78センチもある立派なものを、宏樹庵に住むお祝いに下さった。木鉢がすべらないように敷くのにこの前の宏二郎の祝言の時毛氈の下に敷いたゴムのパッドが少し残っていてちょうど良かった。
机の粉などを掃く小さな箒と塵取り、汗拭きようのタオルなども準備。
水は秤で計って240グラム。蕎麦粉400グラム、中力子100グラムをふるいで木鉢にふるい入れて軽く混ぜたところで時計が10時を打った。
今日は蒸し暑いから水は200グラムで足りるだろうと思いながら、180グラムを一気に入れる。手をよく動かして全体の蕎麦粉に水が行きわたるように。パン粉状、パン粉状。
途中で水20グラムを足す。本には5分と書いてあるが、ところがどっこい、そういう訳には行かぬ。もう少し水を足してしまおうかと、手に水をほんの少し取って振り入れた。と、いきなりくっつき始めた。
ふむふむと思いながら練りだしたが、やはり最後の水が多過ぎた。練っても練っても柔らかい。これはどうなるだろうかと、打ち粉を多めに使ってのす。柔らかいので力を入れるとすぐ薄くなる。なんとか破れずにたたみ、切る。全部切り終えたところで11時になった。(時間かかり過ぎ!)

机の上を片付けて掃除して、さっそく茹でてお昼ご飯。
薬味は畑で採れた葱をたっぷり。
おいしそう!
いただきまーす!


蕎麦打ち 002.jpg
打ちたて蕎麦

木鉢
立派な木鉢。右にあるのがセットに付いていた鉢。


 6月23日(土)宏樹庵で宏二郎の祝言が執り行われた。

「祝言(しゅうげん)」という言葉にこだわったそれは、花嫁行列から始まり、三々九度、鏡割り・・・と昔風に進められた。
お天気に恵まれ、近所の方々にも祝福されて花嫁はお父さんと手を携え宏樹庵へと進み、新郎に手渡された。雅楽の音も雰囲気を盛り上げる。参列者は五橋酒造社長酒井さん、山口県議会議員槙本さんの他は親族と啓&啓倶楽部のスタッフ3人、計20人。

花嫁は今回の祝言のための衣装をいろいろ考えて、結局古着物屋さんで大正時代の黒振袖を買った。それは、花嫁らしい華やかさを備えながら、なんとも落ち着いた色合いで品格があった。首筋を大きく開けて金色の帯を締めた後姿は大変美しかった。
岩国の美容師さんを啓&啓倶楽部のスタッフに紹介してもらって、助手を一人連れてやって来たその美容師さんは宏樹庵の2階で5人の着付けと2人のヘアメイクをこなしてくれた。
会場作りは宏二郎自らが赤い毛氈を敷き、レンタルの金屏風を立て、黒塗りのお膳は料理担当の近くのおすし屋さんから借りて並べた。
三々九度は晴香の役割でだいぶ練習して上手にできるようになっていたのに、いざ本番になると恥ずかしくなって逃げてしまったのが残念だった。
一斗樽の鏡割りは五橋が用意。仲良く二人で槌を振り下ろした。乾杯の後、すぐにお料理が運び込まれる予定だったが、料理の到着が遅れて司会の秀太郎や裏方はヒヤヒヤ。30分遅れで到着すると大急ぎでふるまわれた。そのお料理は一人一人に大きな鯛の尾頭付き、刺身も活きた伊勢海老や瀬戸内海のウニなど豪華だった。ただ量が何とも多すぎて皆さんお持ち帰りになられた。

おすし屋さんのお料理の他に鮎の塩焼きもあった。
今年のお正月に花嫁のご両親が私の実家に挨拶に来られて祝言の話が出た時、川釣りが好きなお父さんは祝言を宏樹庵でするなら、自分が少し早めに行って鮎を人数分釣って来ると張り切っていた。時期を6月にしたのも鮎釣解禁の時期を考えてのことだった。地元の漁協の方を紹介してもらって手筈も整えていた。しかし、残念なことにお父さんが思わぬ事故に会って釣は無理ということになってしまった。私達はお料理は充分にあるし、鮎のことはもう念頭には無くなっていた。しかし、お父さんはやはり一番初めに申し出ていたことが気になっていたのだろう。祝言の前日になって、
「今広島で鮎を手に入れました。明日塩焼きにしたい。」
と電話がかかってきた。急遽、炭を買ってきて、外のバーベキューの網で焼いてもらうことにした。お父さんは生き生きと塩焼きに取り組んでいた。とてもきれいに焼けておいしかった。

お腹がいっぱいになった頃、裏千家の秀一君(陽子の夫君)がお茶をたててくれ、ほっと気持ちが和んだ。お茶碗は特にお目出たい曰く付きのものや、何十万円もするものを秀一君が持参。そういう方面の話題も拡がった。

最後は花嫁のお手紙披露。
「一時は家族がバラバラになりそうだったけど、こうして幸せに祝言をあげることができました。」
の言葉にお母さんお父さんは涙涙・・・。事情を知っている私達までもらい泣きをした。
宏二郎も新郎としてあいさつ。あの口下手の宏二郎が一生懸命しゃべった。

参列した皆さんがお帰りになる頃、庭にはいくつもの竹灯籠が幻想の世界を作り、篝火とろうそくが竹やぶの小径を照らしていた。


花嫁行列
花嫁行列

新郎に受け渡し
新郎に手渡される

新郎新婦
宏樹庵を背に新郎新婦


乾杯!


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