5月のミュージックキャンプに合わせて念願のツリーハウスが出来た。
出来たとは言っても、まだ1期工事完成というところ。宏樹庵の裏の林に5メートル四方の清水の舞台のような床が出来て、その下にブランコが取り付けられた。ブランコは吊り縄が大変長いので晴香達は空中を飛んでいるようだと喜んでいる。ブランコから上までよじ登るのは4歳のほのかでもできるが、かなり急な崖だ。
清水の舞台は直径40㎝ほどの丸太を2本、柱にして、それに太い梁をかませ、その上に角材を敷き詰めて床にしてある。かなり広いし頑丈な造りだ。
来年までにこの上に屋根の付いた部屋を乗せる予定だ。部屋まではらせん階段で登ることにしようか。まだまだ夢の続きを楽しむ。
取りあえず、この夏はここにテントを張って寝てみるという事も考えている。
ツリーハウス
清水の舞台
梁と柱
床を支える柱と梁
ブランコ2
空中ブランコ



6月27日吉和のウッドワン美術館にて前原冬樹の木彫を見た。

前原冬樹は1962年生まれ。一度日大芸術学部に入るも中途退学しボクサーの道を歩む。10年経ってまた芸術に目覚めたのか東京芸術大学を目指す。7度入試に挑戦、1994年32歳でやっと美術部油画科に入学。1998年卒業制作に「桜の下」という半立体の作品を創る。それは胸の上に組まれた両手をほどき扉を観音開きに開けるとその窓の外に桜が舞う青い空が広がっている美しい作品で東京芸大に買い上げられた。これを機に木彫り制作を始める。
油絵は塗ったり削ったり、プラスとマイナスの作業だが木彫りは削る一方でそれが潔いと彼は思う。彫る対象は手であったり鍵であったりどんぐりであったり、その辺にあるものをどう見ても木で出来ているとは思えないような着色で本物そっくりに創る。さびているものに美を感じるのは自分も移ろい行き、やがては生を終えるものと感じるから。そこに佇んでいるだけのように見える作品も、そのものと自分との間合いを感じ、やがて移ろい行くものだからこそ今が一番輝き、一番大切なもの。

宏二郎の個展が東京で28日から始まった。
今回は祈りがテーマ。彼も移ろい行くもの、対象となるものと自分の間合いを大切にしている。
多くの人の目に留まりますように。
6月28日から7月19日まで、八重洲2-7-4清水ビル202 木之庄企畫にて

展覧会を見てから隣のホテルに宿泊。ここの料理が美味しくて泊まるのは3度目。
前菜もきれいだった。イチジクのゴマソースで合えたみたいなのが特に美味しかった。あとこれは家で挑戦してみようかなと思ったのは舌平目のウニ乗せ焼き。舌平目のうま味がしっかりしていて、見た目も良いしお箸でつまんで取りやすいと思った。どうやって作るのかな。
いつも出かける時は何日か前に天気予報を確認して晴とわかっている日に出かけることにしているのだが、今回はこの日しかなくて、天気予報は雨。最悪な事に台風まで来ることになった。しかし、台風は四国の沖合を通り山口県は峠はさすがに雲の中で雨が降ったが、あとはそれほどでもなく、翌日は何と晴れた!
気分爽快で吉和に一軒だけ残るわさび本舗に寄って帰った。

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白い器に入っているのがイチジクの和え物、左回りにおくらとイカの和え物、枝豆の麩、穴子八幡巻き、地鶏塩焼き
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これはジュンサイのカクテル、ほんの少し甘みがあった。
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舌平目ウニ乗せ焼き
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デザートはずんだ餡が入ったおはぎと透かし木の葉でくるんだチーズ餅

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翌日は晴れ、玄関前の巨木の前で
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この巨木はニュージーランドから運んだもので樹齢1000年から1200年と言う

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わさび本舗で生わさびを購入。これは昨日のお刺身にも付いてきたが辛いというより美味しい!

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前原冬樹木彫り展








6月6日京都、9日宇部と連続した古希のリサイタルが18日東京文化会館での公演で終わった。
京都では日本フィルに関連した二人での、或いはもう一人加わっての演奏会を30年程前からやっていたが、東京と同じプログラムで前後して京都コンサートホールで演奏し始めたのは1997年、私たちの演奏活動20周年の年だった。始めは手伝ってくれていたメンバーも去り、応援してくれていた大病院も体制が変わってゼロになってしまって何年にもなる。今は数少ない実行委員のメンバーが口コミで一生懸命みんなに声をかけてくれて何とか100人余りのお客さんが集まる。宇部は会場が狭い事と昔からの石井啓一郎の仲間達で何とか成り立っている。東京もリサイタルを始めた1977年の頃は石井の父も私の父も現役で、時代も時代だったので企業関係の買い上げも多く、販売に私達はあまり苦労しなかった。しかし今では弟子に預けたチケットが戻されるのも当たり前になり、企業はほぼゼロ、全て口コミで売っている。音楽業界全体でもクラシックの演奏会にチケットを買ってまでして行く人が少なくなっている。足を運んで聴いてくれた人は「明日の元気をもらった!」などと 反応は良いのだが。


今回ブラームスのソナタを2曲弾いた。
中でも2番のソナタは私達の結婚披露宴で演奏した思い入れのある曲だった。これまで人前ではほとんど弾いた事のない二人の内緒の曲で、今回は古希を記念して取り組んだ。1楽章にはAllegro amabile との表示があり、私は今回このamabile にこだわった。
ドレスは結婚披露宴の時に来たドレス。これは私と母の手作りなのだった。母は良い家庭のお嬢様だったので結婚する前には花嫁修行としてお花と裁縫とお料理を習った。私達姉妹が幼い頃はお揃いの夏のワンピースなどよく縫ってくれたものだった。レースの布を買ってきて私と母でデザインを考え、母が縫って、私は下に着るスリップを縫った。1972年、石井は23歳、私はまだ22歳だった。このドレスはその後、陽子が自分の結婚披露宴でも着た。私は今後もうこのドレスを着る事はないと思うが、もしかしたら孫の誰かが着るだろうか?大切にしまっておこう。 

京都2019
京都コンサートホールにて終演後

宇部2019
宇部では超多忙の金子法子先生がいらして下さった



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東京文化会館にて終演後、挨拶に並ぶ長蛇の列

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古いアルバムから。
私達の結婚披露宴でブラームスの2番のソナタを演奏



 

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