10月4日(水)10時から岩国市立東中学校にて、13時半からは同市立川下中学校にて石井啓一郎ヴァイオリンリサイタルが開かれた。
岩国西ロータリークラブが企画した3年間継続の催し物で、前半20分がん予防の話、後半1時間のコンサートというもの。1年に中学校2校を訪問し、今年は2年目。ベートーヴェンのクロイツェルソナタ第1楽章やチゴイネルワイゼンなど話を交えながら7曲を弾いた。
東中学校は平成32年には東小学校と一体となって小中一貫教育のモデル校となるそうだ。中学校には東小学校だけでなく他からも入ってくるのでその辺の調整が難しいと思うが、切れ目のない教育を目指すと言う。校長先生はいかにも柔道の選手といった体格の方で、生徒自身が自分たちの発想で何事も進めることを大切にしていて、このコンサートの開会の挨拶も謝辞も校長先生は全く表には出ず全部生徒たちがこなした。みんなびっくりするくらい静かに熱心に聴いてくれた。
川下中学校の校長先生は山大の時オーケストラのサークルに入りチェロを弾いていらしたそうで、校長室にチェロが置いてあった。今まではチェロを練習する暇など全くなかったが校長になって少し余裕ができ練習を再開、退職したら思いっきり弾きたいとおっしゃっていた。合唱コンクールにも力を入れているようだった。コンサートはお昼過ぎの一番眠たい時間帯だったが、生徒たちは演奏が進むにつれて次第にのめり込み、最後のアンコールでは大いに楽しんでいた。
この子供達が自分の頭で考え判断し、生き生きと過ごせますよう切に祈った。

学校から帰ってきてから、お彼岸には行けなかったので頂いた花を持ってお墓の掃除に行った。
よく晴れて気持ちの良い空気だった。お墓は高台にあり瀬戸内海が見下ろせる。父も妹もお墓の中だけにとどまってはいないと思うけれど、みんなの健康を祈った。

暗くなって昇って来たのはまん丸のお月様。海面を照らして美しかった。
今日は祈りの日。

2017東中学校学校訪問
東小学校での演奏
2017川下中学校学校訪問
川下中学校での演奏
岡田淳子先生
川下中学校の校長先生をはさんで。
墓地から見下ろす瀬戸内海
お墓から見下ろす瀬戸内海
仲秋の名月
仲秋の名月。写真より実際目で見た方がずっときれいでした。海面はもっと明るかった。






9月16日(土)に俵田邸で始まったミュージックキャンプ宇部は、18日(祝)日立建設ミーティングホールにて開催された演奏会の満場の拍手喝采で終了した。

今回は今までで一番参加者が多く、合奏だけの人を含めると44人にもなった。レッスンを石井と桜庭氏の二手に分けて、俵田邸の隣のふれあいセンターも借りて同時進行のスケジュールを組んだ。
キャンプ中はいろいろ想定外の事が起こった。
まず、中国の方へ進むとばかり思って楽観視していた台風18号がミュージックキャンプ直前になって進路を東に変え、山口県直撃の予報!! やむなく野外のバーベキューは中止にしてユースホステルの食堂にみんな集まった。
そこへ来て、今度はキャンプ中のシェフ、江波さんのお父様が危篤との知らせが16日に飛び込んでくる。シェフは急いで京都へ発ち、残り部隊で何とか乗り切る。シェフは演奏もする事になっていたので、その弦楽三重奏のチェロパートは他の参加者が引き受けてくれて2日間猛練習して本番に臨む。
台風は17日の昼に来た。朝は穏やかだったのに昼過ぎに急に風雨が強まり、俵田邸の窓がガタガタ言い出したので雨戸を閉めた。しかし覚悟していた程ではなく、夕方には通り過ぎて陽が射し、美しい虹が見えた。その夜は満天の星空で、特に東京からの参加者は、星が上空だけでなく山の端近くまで光っているのを初めて体験し感激していた。流れ星も見えたそうだ。
そして迎えた本番。何とその朝、参加者の一人が食中毒にかかり来れなくなってしまった。弦楽四重奏のその人のパートを急きょベテランの人がカバーしてくれて難しい曲だったのによく弾いた。
今回のプログラムの最後の曲はバッハのオーボエとヴァイオリンのための協奏曲。いつも合奏はあったが、協奏曲は初めて。小学生4人中学生3人を含む合奏を伴奏に、オーボエとヴァイオリンがソロを弾いた。みんなとても一生懸命で、音の幅もあり、聴きごたえがあった。
終演後はいつものようにユースホステルで打ち上げがあり、今回受験で参加できなかった子のピアノの熱演があり、また、その子の知り合いの歌の披露もあって楽しかった。


ミュージックキャンプ宇部は今回6回目。
大人も子供も成長している。

レッスン風景
俵田邸でのレッスン風景。ヴィオラを弾いているのは中学生。
モンドンヴィル
モンドンヴィルという珍しい人の曲もあった。
ヘンデル
ヘンデルの2本のチェロのためのソナタ。ピアノの人は初参加だったが楽しかったと言っていた。
合奏
バッハの協奏曲(練習風景)
コントラバスが2本も入っていて低弦はとても充実していた。






8月28日(月)今年の夏の最後のお客さん、石窯を作ってくれた大工さん3人を迎えて、またピザを焼いた。
その日のメニューはピザの他、フォアグラ、ゴルビージャックの厚切り、卵ときゅうりのカナッペ、畑の野菜たち、オクラとしし唐と茄子は焼いて、紫玉ねぎはスライス、枝豆、ゴボウの素揚げ、しし肉のクリーム煮いんげん豆添え。

8月3日に火入れ式をした石窯。瓦と土で作り、二層に分けているのは分厚い大谷石。下段で薪を燃やし、奥の隙間から炎が上がって来る。ピザを焼くのは今回で4回目。初めての時は人数も多かったが、40センチのピザを5枚も焼き、多すぎて翌朝食もピザとなってしまった。それからは2枚ずつ焼く。どれも美味しく焼けたのだが、いま一つパリッとしない。今回は思い切って小麦粉の量を3分の2にし、石の上に網を置いて空気が鉄板を覆うようにしてみた。粉が3分の2(薄力粉100強力粉100)でも十分に40センチの大きさに伸ばせた。午後6時半に食べ始める予定だったので、火は4時45分頃から燃やし始めた。火の加減が難しく、石井は台所にいる私に10分ごとに今何時か聞いてくる。6時20分に1枚目を入れる。これは前より早く、5分位で焼き上がった。すかさず2枚目。これはクッキングシートの上に乗せておいたので、そのシートごと鉄板に乗せた。今まで2枚目は鉄板の上の作業ではなかったので形が崩れたこともあったが、この方法なら簡単だった。しかし、火力が少し衰えてきて、縁がこんがりとは焼けなかった。でも美味しく頂いた。

火の好きな石井の念願の石窯完成(この後、ここに屋根も付ける予定)だったが、火のコントロールが難しくて、なお、予想以上に薪が要ることも判明。私達二人のためだけにピザを焼くのは労力の使い過ぎと思う。それとも半径の小さいピザなら簡単なのだろうか。だれか、体験話を聞かせて下さい。

それにしてもこの夏、宏樹庵に寝泊まりした人に、食事だけ一緒にした人も加えると、大人20人子供16人計36人!!!

石窯
ハムとトマトのピザとシーフードのピザ
石窯1
立派な石窯。背景の崖もよく合っている。

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